かぐらいっきょうの『ここが変だよ日本の教育』

日本の社会や教育で疑問に感じていることをちょこっと書いたブログ

「通信簿の不思議、評価が結構いいかげん問題」の巻

 そろそろ通信簿の時期ですが、ずっと不思議に思っているのは、「行動の記録」「行動のようす」などといった行動の欄の評価です。

 

 お子さんがいる方は、どうでしょうか?

 2学期の行動の評価は、1学期より上がっていたでしょうか?

 

 学校は学習の場ですから、本来、この欄の〇は、学期が進む度に増えるべきですが、いろいろと聞いてみると、全く〇の数が増えない子も多いようです。

 

 そこには、「行動を指導できる先生」が希少という理由もありますが、「行動の評価」を、「性格診断」だと思っている先生も意外といるようで、性格は変わりませんから、〇の数も変わらないとのことです。困ったもんです。

 

 

 次に、通信簿を作成していて「ここが変だよ」と思うことの一つに「摺合せ」というものがあります。複数学級の学年では、「摺合せ」といって、教科の成績や行動の欄の〇の数を、学級間で揃えるのです。

 

 おかしいと思いませんか。そう、おかしいのです。

 

 今の学校の評価は、絶対評価

 成績は、学級間で差が出るのは当たり前ですし、行動欄にしても、荒れた学級と、きちんと指導された学級とでは、全く〇の数は変わってきます。

 

 

 相対評価の時代は、クラス内の子どもたちで順位付けをしていたので、隣のクラスと成績の分布は一緒になります。(学年内の相対評価の学校もありましたが)

 しかし、今は、絶対評価ですから、決められた基準で、子どもたち一人ひとりを評価しないといけません。

 

 僕の受け持ったクラスは、3学期には、テストの平均点が、他のクラスより10点ぐらいは高くなるので、通信簿の中身もおのずと他のクラスより良くなります。行動欄も、道徳指導を上手にしてますので、どの子も、学期毎に〇の数は増えていきます。

 

「先生のクラスは、評価が甘いのではないか。」

と管理職の先生に言われたこともありますが、

「うちのクラスをぜひ見にきてください。その評価に間違いのないことが、すぐにわかりますから。」

 

 実は、多くの先生は、自分の指導に自信がありません。評価についても、感覚でつけているところがあり、誰かに突っ込まれると説明ができないので、周りの先生同士で擦り合わせることによって、ツッコミを入れられないようにしているところがあります。

 

「〇〇君は、もう少しここを頑張ってほしいですね」などという先生がいますが、「お前が頑張れよ!」とツッコミ、いやエールを送りたい学期末です。